2026/04/13 17:38

緑茶の季節ですね。
いや、もう有名産地の明前だの頭採だの、そういう話は散々見たよ。という方も多いかもしれません
それはそうです。
中国緑茶の世界には、超有名銘柄もあるし、誰もが知る有名産地もある
そういう茶葉を飲むのは、もちろん大有りです
むしろ一度は飲んでおいた方が良いとすら思っています
西湖龍井、洞庭碧螺春、黄山毛峰、等など
その世界には、その世界でしか味わえないロマンがちゃんとある
けれどもです
毎日毎日、そんな事を考えながら緑茶を飲みたいか?と問われると
私は、どうせなら何も考えずに飲みたいのです。
今日はこれ何煎目だとか
何℃で淹れるべきだとか
この等級はどうだとか
この産地は本物か?とか
そういうの、全部吹っ飛ばして
ただ、ガバっと茶葉をいれて
湯を注いで
喉を潤して
あぁうまいな。で終わりたい時がある
今回は、そんな話です。
▼私はビュッフェが好きだ
いきなり何の話だ。と思われるでしょう
でも聞いてください
私はビュッフェ自体が好きです
ホテルの朝食ビュッフェも好きだし
何なら、シェーキーズも好きです
※突然のシェーキーズへ愛の告白
しかし、己の内面を深く掘り下げていくと
この「ビュッフェが好き」という感覚は、どうやら学生時代の原体験と結びついている気がするのです
▼私にもバキバキの学生時代があった
こう見えて、私にもバキバキの学生時代がありました
陸上部に所属しておりました
大会が終わると、引率の先生が部員全員を沖縄県内のいろいろな焼肉屋に連れて行ってくれたのです
しかも、お支払いは先生のポケットマネー
今考えてもとんでもない話です
本当に、今でも感謝しております
で、その先生がまた実にスパルタンで
我々にこう言い放つのです
『食べ放題だから、安い肉は注文するな!高い肉を注文しろ!野菜も白米も注文するな!高そうな肉だけ腹いっぱい食え!』
令和の時代に文字にすると結構過激です
でも、当時も今も愛される教員の鏡みたいな先生でした
なので私は、ビュッフェとか食べ放題に行くと
どうしても
“損をしてはいけない”
という固定観念が、脳内にべったりとこびり付いていたのです
安いものを頼んだら負け
原価の高そうなものを攻めなければ負け
炭水化物や野菜に逃げたら負け
ビュッフェとは、そういう戦場だと思っていた
若き日の私は、完全にそうでした。
▼しかし社会人になって、全てがひっくり返った
その後、私は社会人になりました
自分で稼いだお金で、一日をやりくりする
それを繰り返していくうちに
お金の切実さを文字通り実感するようになったのです
毎月のカードの支払い
日々のお昼ご飯の予算
飲み会に使うお金
娯楽に使うお金
急に壊れる家具や家電
目を逸らしたい各種請求
お金を貯める事も大事だけれども
それ以上に、限られた収入の中で
何にお金を使うか?
を毎日のように考えるようになった
お昼ご飯を食べる時ですら
今月はちょっと大きな出費がありそうだから
今日は100円でも安い定食にしておこう
そんな事を考えるようになった
そうです
私は、お金に思考を縛られるようになったのです。

▼“ビュッフェ=損得の戦場”から“精神の自由”へ
しかし、ビュッフェは違った
何をどれだけ頼んでも、支払う料金は固定
メニューには原価の安いものから高いものまで色々あるでしょう
だけど、こちらが支払う金額は同じです
学生の頃の私は
「どう食べれば得をするか?」
という方向に頭を使っていた
でも社会人になってからの私は違った
“一回代金を支払えば、もうメニューとにらめっこして、値段を気にしながら注文するストレスから解放される”
という事実に、ある日ふと気がついてしまったのです
これは大きかった
つまり、ビュッフェとは
お金に思考を縛られない圧倒的な精神の自由を買っている場所
でもあったのです
だから私はビュッフェが好き
貧乏暇なしの私にとって
一回代金を支払えば、その後は値段の事を考えないで済む
この経済的な自由を短時間でも謳歌できるというのが、たまらなく好きなのです。
▼で、何の話だったか?
そう、緑茶の話です
という事で、今回提案したいのが
経済的な自由も謳歌できる人民緑茶シリーズ
でございます
去年も人民緑茶を販売しましたが
ありがたいことに、販売後すぐに完売
再入荷をご希望くださる声も多く
今年はもっともっと本気で人民緑茶を提案したいと
シーズン前からずっと意気込んでおりました
去年は、中国人民に愛される緑茶を中心にピックアップしました
詳しくは去年のブログ群をご覧ください。
そして今年は、もう少しだけ踏み込みます
中国緑茶の産地そのものへ、もう一歩深く入ってみた
しかも、お値段もなるべく納得感のあるところを狙いました
つまり
経済的に負担にならない価格
ここを、かなり真面目に考えています。

▼去年は10g、今年は20gです
去年は各茶葉10gでご紹介しました
ですが、今回は20gにします
何故か?
10gだと、人はもったいぶるからです
いや、正確に言うと私はもったいぶる
「これ良い茶葉だから、ちびちび飲もう」
「今日はやめとくか」
「ちゃんと時間がある時に飲もう」
そうやって、結局ガブガブ飲めない
それでは人民緑茶の意味がない
人民緑茶というのは、本来
適当にガバっと入れて、適当に湯を注いで、適当に日常へ溶け込んでいく茶葉
であるべきなのです
とりあえず各種類20gあれば
精神的な自由を手に入れながら
中国のおっさんのように
何も気負わず緑茶をいれる事ができるでしょう
そう、今年の人民緑茶は
美味しさだけではなく、躊躇なく飲める量も込みで提案したい
のであります。
▼そもそも、中国緑茶は何故高いのか?
ここで少しだけ、中国茶屋の視点からお話しさせてください
中国国内の市場において、中国緑茶の価格は本当にピンキリです
名もなき地元消費の茶葉から
贈答用みたいな扱いを受ける超有名茶まで
価格差はとんでもなく広い
では、何が価格を押し上げるのか?
一つは、超有名産地・超有名銘柄であること
もう一つは、明前や頭採のような早い時期の希少性
そして更に、手摘み・選別・仕上げに人手がかかること
要するに
ブランド
希少性
人件費
そして需要
この辺りが重なると、緑茶は一気に高くなるのです。
しかも中国緑茶は、烏龍茶や黒茶のように後年ゆっくり価値を楽しむというより
旬の時期に一気に勝負が決まる側面が強い
だからこそ、みんな早い、良い、有名、希少。を奪い合う
すると当然、高くなる
それ自体は何も悪いことではありません
そこにロマンもあるし
感動もあるし
飲めば確かに「うわっ」となる茶葉も存在します。
▼でも私は、そこだけを追いかけたくない
ここが大事です
私は、有名産地の早摘み緑茶を否定したいわけではありません
経験として飲むのは全然ありです
むしろ面白いし、勉強にもなる
ただ、日々の生活の中で
毎回そこに照準を合わせてしまうと
緑茶を飲む前に
値段
由来
等級
失敗したくない気持ち
そういうものが先に立ってしまう。僕たち人間ですから。
それは、私が今ご提案したい
何も考えずに飲める自由
とは、ちょっと違うのです
私は、緑茶をもっとおおらかに好きでありたい
おおらかと言っても粗末に扱うのではなく
生活の中に乱暴なくらい自然に溶け込ませたい
喉が渇いたら飲む
ご飯の時に飲む
作業中に飲む
暑い日に飲む
なんとなく飲む
この「なんとなく飲める」というのは
実は、とても贅沢なことだと思っています。
▼人民緑茶とは何か?
人民緑茶とは
高級茶の代用品ではありません
高い緑茶を買えないから飲む茶でもない
そうではなくて
最初から“何も考えずに飲めること”に価値を置いた緑茶
です
飲んでて疲れない
飽きない
財布に優しい
だけど、ちゃんとしてる
このバランスを越えてくる茶葉だけを、私は人民緑茶と呼びたい
外食で言うなら、記念日に行くフレンチではなく
何度でも通ってしまう町の食堂に近い
派手な感動はないかもしれない
でも、生活をちゃんと支えてくれる
そして気がつくと、また手が伸びている
そんな茶葉です。

▼今年の人民緑茶は、去年よりもう少し踏み込んでいます
去年は「中国人民に愛される緑茶」という切り口を中心にご紹介しました
今年はそこから一歩進めて
産地の思想と、価格の納得感まで含めて選びたいと思いました
要するに
ただ安いだけでは嫌なのです
安いだけだと、結局一回飲んで終わる
それでは意味がない
ちゃんと実力がある
ちゃんと日常に寄り添える
ちゃんと価格も無理がない
そういう茶葉を、今年はより明確に狙っています
私は、人民緑茶を
「高い緑茶の廉価版」ではなく
日常の自由を回復するための茶葉として提案したい。
▼という事で、今年も本気でやります
去年飲んでくださった方は、もうお分かりでしょう
人民緑茶は、意外と侮れない
むしろこういう茶葉こそ
気がつけば最後まで飲み切ってしまう
そして無くなったあとに
「あれ、あの茶葉よかったな」とじわじわ効いてくる
そういう世界があります
今年は、去年より量も増やしました
選び方も、もう少し踏み込みました
値段も、なるべく皆さまの生活に負担が出ないように考えました
つまり
去年よりも、もっと人民の側へ寄せています
何も考えずに飲みたいあなたへ
価格でいちいち心身を消耗したくないあなたへ
美味しいけれども肩肘張りたくないあなたへ
今年の人民緑茶、かなり良いと思います。
▼茶樓雨香はどの緑茶を選んだのか?
今回はそのフィロソフィーの部分を先にお話ししました
次回からはもう少し具体的に
どの緑茶を仕入れたのか?
この緑茶を仕入れた理由は?
そのうえで、何故いま人民緑茶なのか?
その辺りを、もう少しミクロな視点で掘り下げてみたいと思います
ではまた、次回。
下次见
