2026/09/27 18:48
【前編】
~実利の街・潮州で絵付けを生業とする静かな男~
今日は茶器の話です
しかも、いつもとは少しだけ温度感の違う話になります
先にお知らせから
阪神百貨店・阪神梅田本店 1階 食祭テラスにて開催される 「はじめての中国茶とおやつ2026」(2026年9月30日〜10月5日)
この会場で
広東省潮州市で活動する茶器の絵付け作家
李立群さんの作品を販売致します
なぜ、私がここまでこの作家さんに気合を入れているのか
それは出会いから聞いていただくしかありません
長くなりますがお付き合いください
▼中国では珍しい“実利の街”
潮州という街をご存知の方は多いと思います
鳳凰単叢のふるさと工夫茶の本場、そして優秀な経営者やリーダーを排出している街でもある。
ですが、今日はお茶の話ではありません
潮州は中国では珍しく 「名を捨て、実を取る」人民が多く暮らす沿岸部の街です
派手に名乗りを上げるより確かな実利を積み上げる
そういう気質の街です
そして
そんな“実利の街”潮州で
芸術家として活きる決意をした静かな男
それが 李立群さんです
▼きっかけは、ちょっとヤンチャめなマネージャー
私と李さんの出会いは 弊社で販売している
潮州清雅蓋碗と将軍杯
これらを生産する工場の ちょっとヤンチャめなマネージャーから 話を聞いたのがきっかけです
その彼がこう言ったんです
「こんなに鳳凰単叢にのめり込んでいる外国人を初めてみたよ」
「大体さぁ、これまでに見てきた外国人って中国茶にハマったら宜興の紫砂壺とか作家モノの茶器を集めたりするんだけどな」
なるほどね
ちなみにこのヤンチャめな従業員、元々は深圳や広州で営業の仕事をしてきたらしく 外国人との交流もそこそこあったらしい
そして彼はこう続けました
「こんなに日本で ガチプロ向けの潮州清雅蓋碗が売れるなんて… 信じられないよ」
……
その時、私と彼は こんな話をしました
工業製品であってもそれは人間の情熱の塊である
その事をしっかりユーザーに届ける事が大切である
と
▼「今の日本人って、作家モノに飽きてるんじゃない?」
そこで彼はふとこんな事を聞いてきました
「今の日本って案外と美術品というか、作家モノの作品ってもう飽きられてるんじゃない?」
……
私はここでも 脊髄反射で答えていました
「いや、そんな事無い」
続けます
日本だって 素晴らしい作家の作品であれば ちゃんと評価してくれる人はいる
だって
頼通発 老師の作品は、いま一番日本で人気のある 潮州朱泥手拉壺の作り手だよ
と
誇れるものはちゃんと誇ってほしい

▼“用の美”
そのマネージャーは こうも言いました
「潮州ってどうしても 美術品というか作家の作品自体に ”用の美”が備わっていないと 残っていかない印象があるんだ」
用の美
使う事によって美しくなる美
実用を離れて飾るだけの美術品では生き残れない
これが実利の街潮州で作家が生き残っていくキーワードなのだと感じ取った
……なるほど 確かにそうだ
と頷いている私に彼はこう畳みかけました
「そうだ、潮州はファインボーンチャイナの一大産地なんだけど
そのファインボーンチャイナのボディに絵付けする作家さんに会いに行かない?」
……
私は、ここでも 脊髄反射で答えました
「行く」

▼李さんのアトリエ
場所は 潮州市内にある老街の一角 小さな工房でした
お世辞にも立派な設備ではありません
壁にはおびただしいシミ
けして良い環境ではない事が見て取れます
先ず、自己紹介…
と思った矢先です
李さんは 「とりあえず私の作品を見てくれ、そして今使ってくれ! 何を感じたか教えてくれないか?」
と潮州訛りの普通語で食い気味に私へ語りかけてきました
挨拶の順番が違う
でも、それくらい己の作品を手に取る人を待ち望んでいたんだと思います
そして彼が見せてくれたのは
今にも霞んで消えそうな気配を纏った 牡丹の絵が描かれた蓋碗でした
……
うわ、この牡丹。生きてるみたい。
いや
生きているように見えるから儚く見えるのか……
そして、この牡丹が描かれた蓋碗を優しく包み込むボロボロの李さんの両手
このボロボロの手までもが美しく見える
この李立群という男
そして この男が生み出した茶器たち
どれほど深い物語を持つ茶器なのだろうか?

▼元々、中国画を描いていた
後から聞いた話です
李さんは元々、中国画を描いていたそうです
しかし
芸術だけでは食っていけない現実に直面し
とある広東省の工場で 働く事になったそうです
プロの絵描きが現実に屈して工場へ
よくある話です惜しくも無い話です
しかし
彼は工場を辞め故郷である潮州に戻り
彼独自の茶器の絵付けで食っていく決心をするんです
その時彼は思ったそうです
『一生売れない覚悟ができたよ』
……
この言葉の重さについては 後編で書きます
後編へ続く
※これまでだったら、次の日に後編を投稿するのですが今回はこのまま続けます。理由は後ほど。

【後編】
~鬼気迫る牡丹を、はじめてのお披露目~
▼潮州で無名の作家が食っていく事の過酷さ
潮州という街で無名の作家が食っていく事は我々が想像するより過酷です
どこかの茶器を生産する工場へ就職しオーダーされた絵を描き続ける
一人の絵描きとしての別の生き方もあったはずです
安定はしないけれど飯は食える
それも一つの道です
それは悪い事じゃない
しかし
彼は茨の道を選んだ
▼魂が千切れるほどの言葉
前編でも書きましたがもう一度だけ書かせてください
工場を辞めて故郷の潮州に戻り自らの絵付けで食っていくと決めた時彼はこう思った
『一生売れない覚悟ができたよ』
……
魂が千切れるほどの言葉でした
「売れないかもしれない」じゃない
「一生売れない」
そこまで覚悟したうえで人は筆を執れるのか?

▼作品を、ツラツラと書くのはやめます
正直に言います
後半のブログでは彼の作品を ツラツラと私の言葉で記していこうと思っていました
牡丹の筆致とか彩色の濃淡とか蓋碗に湯を注いだ時の景色の変化とか
でも
やっぱり辞めます
色々私が書く事が
彼の純潔さに手を突っ込みそうに なりそうで
書きたい事は山ほどあります
でも これは言葉で紹介するより手に取って 使って湯を注いで茶を出して
その時初めて伝わる類のものです
「使ってくれ! 何を感じたか教えてくれないか?」
前編で書いた李さんのこの言葉の意味が会場で分かってもらえるはずです
▼脆く儚い。いや、鬼気迫る
彼の作品を一言で表すなら
覇王別姫の蝶衣のように鬼気迫った
そうです
舞台に懸けた者がその身すべてで演じる時だけに出るあの気配
あれがこの茶器には宿っています
そして、彼の作品群を
“はじめての中国茶とおやつ”で お届けする事にしました。
人生を一つの茶器に映す
彼の人生の欠片を手に入れてください

▼販売情報
阪神百貨店 阪神梅田本店 1階 食祭テラス 「はじめての中国茶とおやつ2026」
会期:2026年9月30日(水)〜10月5日(月)
李立群さんの作品は数がありません
手掛けられる本数がもともと少ないからです
気になる方はお早めに
会場でお会いしましょう
まっててね〜

